●祕傳書の作成編「概要」
●伝承流儀の祕傳書群1
●武藝祕傳書各論

武藝祕傳書各論


其ノ一
祕傳巻の大きさ、幅寸に就いて
祕傳の巻物の太さではなく、幅寸を論ずる事とする。定寸的なものがあるのかどうか浅学でよくわからない。
礼法書物等を読み込めば何か記載がある様かも知れないが、未だ調べられないでいる。
現代に販売される和紙巻紙ををみると19センチ代のものが多い。即ち193、とか197ミリ等……。
そして実際の昔の武術巻物を色々見てきた立場から見ると、色々な寸法があり、正に定寸的なものはわからない。概ね六寸位を主体としてその前後の位、十六センチ、十九センチ位のものが多い様である。大東流の最初(明治三十年代の最初頃)は一尺位のものも造られたが、これは割合例外的なもので、他流では余り見たことがない。







其ノ2
祕傳巻の芯に就いて
武術祕傳巻の巻芯についてあるが、掛け軸的なものは単なる丸木芯に漆塗りと云う様なものもあるが、武術祕傳巻は概ねいま少し装飾的なものが多い。余り学術的な解説文献はないようであり、我の見聞のみで解説す。
主に紫檀的な硬木や象牙を両端に付けた様なもの。また六角柱の水晶を付けたものもある。
硬木にはそれほど装飾的な彫りはないが、木端部分を同心円状に溝を付けた様なものが多い。
硬木や象牙は両端だけで、間は杉等の安木を用いている。両端のみを用いるのはおそらく象牙は勿論、紫檀等の硬木は輸入品であり、かなり値段的にも高価であったからなのであろう。
軸長さは巻物幅寸より少し長めなのは当然であるが、実物は少しだけ両端に出た位のものが多い……その寸法割合に何か決まりがあるのかどうかは不詳。ともあれ寸法を含めて色々な例がある。
我の復元の場合は帙に入れた時に軸の固定の為に少し長めの軸に設える事が多い。少し長めの方が扱い易い事は事実なのであるが、ただ余り長くしすぎると少しみっともないので注意が必要かと思う。






















其ノ3
祕傳巻の印鑑
武術祕傳巻には色々な認印が捺されている。発行者を示す落款に加え流儀印、紙の繋ぎ印や流儀の傳來の印等があり、それぞれに確か區別名称があったかと思う……。それぞれの名称分けに就いては確か綿谷雪先生がどこかの本に解説しておられ、その本も所蔵しているはずであるが記憶が薄く今取り出せないでいる。これは書籍が見つかればそれを参考に書き足す事としよう。
現時点においては……基本的には発行者の認印と流儀印が認識できれば善いだろう。少し解説しておこう。
先ず本人認印であるが、花押、自己の姓名、武號、発行年月日等の書き込みに添えて捺されているものであり、これら全体を「落款」と云う。
次に流儀印であるが、各流儀を象徴する様な印が巻頭から始まって数カ所に捺されている事が多い。伝書の冒頭や奥書にも流名の書き込みのない伝書もよくあるが、「流儀印」のお蔭で流儀名が判明する事もある。流儀印は正に流儀名を篆書化したものが多々あるからである。ただ流儀名ではなく、流儀の理念等の言葉をデザイン化した様な印もある。このこの「流儀印(本来的なちゃんとした名称があるのかも知れない。一応の仮称とする)」の存在は重要であり、流儀の本流、傍流、支流といった流儀道脈の正統を監査できる縁となるものである。
ちなみに「武術流儀に宗家無し」と云う論もあるが、これは武術繼承における実態的には微妙な諸問題を含む中々にやっかいな命題である。究極的正否判定は「宗家」なるものの定義に言及しなければならないので本項では棚上げする事とする。
ただ系脈の枝分かれの中で本流、傍流と云う区別は(ある程度)あり得るかと思われる。何とならば流儀開祖の遺産はソフトばかりではなく有形ハードのものもするからであり、
その一つが「流儀印」である。開祖が作成、保持する印は一つであり、分ける事が出来ない。開祖認印の使用は勿論一代限りとなるが、流儀印は代々用いる事は可能であり、それが本流としての(ある程度の)証となるものである。



其之4
各種備忘録について
各流儀武藝が作成してきたのは巻子本ばかりでは必ずしもない。『切紙(折紙)』式や冊子本式の『備忘録』祕傳書等……。
『備忘録祕傳書』について解説する。
流儀によよるが、傳受祕傳巻の内容は目録書が主体であり、絵図などが付隨する場合もあるが、それほど詳しい業解説まではなされていない場合が多く、それのみでは流儀の業、形の内容迄は判然としない。
形解説書は別に冊子本としてある場合が多く、これらの性質は微妙である。
流儀によって色々なやり方がなされており、色々な場合があるが、『傳受巻物』は流儀の目録の明示と道統繼承を証しする働きをなす。そして『業備忘録』は各伝承師範が独自にする事が多い。
ただ傳來の形解説手繼書の写しを各相傳者に授与するいうやり方もなされた事もあったようである。此処には一般修行授巻者と流儀相傳者を分別すると云うやり方もなされた事もあっただろう。個々の流儀方式には余り立ち入らないで日本武藝文化を遺した『業手繼書』文書類について少し考えてみよう。
遺っているもの多くは冊子本スタイルで、また大福帳式のものもある。多くは特別の表紙はなく、紙子よりで閉じたのみ云う簡素なものが多い。しかし中にはちゃんと装飾表紙を附加し和綴じ仕上げにしたものもある。
管理人の復元においては内部の傷み防止の為にも概ねちゃんとした和本仕上げになす様にしている。






其ノ5
祕傳書の紙
我の祕傳巻復元としては概ね鳥ノ子紙を用いている。しかし骨董的真正の祕傳巻に用いられる紙は様々なものがあるが、かなり雲母仕上げの高級なものも多い。雲母仕上げに花や水の流れなどの様々な装飾的背景のある高級和紙が使用されるものを普通に多くみる。彩色繪圖の伴う伝書にはややうるさい感じもあるが、『字目録』巻物においては用いて見たい感じもある。ただ何処で入手できるだろう? そしてその値段は……?
色々課題も多いがこれから色々試してみたいとは思っている。




其ノ6 「絵目録」
日本武術の祕傳書類は世界に類をみない独特のものである。世界諸国における伝統武術においても勿論各傳脈における各師範家においてはそれなりの記録文書がある程度作成された事もあるとは思うが、これはあくまで師範家の指導テキストと言う事であり、日本の流儀武術における傳受巻とはステージを異としている。これはつまり各門人各位に修行段階における各傳位における允許書を兼ねたる所の武術祕傳書を授与すると言う事であり、こんなことまでしたリッチなる武術文化は世界中見渡しても正に日本武術のみである。
傳許書などと言っても現代武道における段位証書的な存在ではなく、正に流儀の祕傳、口傳を直筆(当時としては直筆は当たり前だが)で認めた流儀の祕密文書の授与が行われた。
その内容は流儀によって様々であるが、形名目録の記載に加え、形の手順解説や口訣口傳、また流儀の導歌などが認められる事もあり、そしてまたその上に各形の技法繪圖まで添えられている場合もある。
それも単に技術の一、二図程度の記載程度ではなく、多くの場合傳受した古典形の全ての図を描いた様なものもある。
例えば『無雙直傳英信流和術目録』等、一巻の祕傳巻に全形六十五本全て、彩色画一図ずつ描いた大変に豪華なものとなっている。同流は土佐で重んじられたが信州においてはそれほど上級武士ではなく、郷士層に於いても大きな広がりをなし隆盛し、多くの彩色絵目録が現存している。
また當會も多くの祕傳書、絵目録等を保有しているが、例えば肥後で隆盛した「寺見流剣術」の『絵目録』があり、これも多くの剣術組形を細密彩色画にて見事に描写しており、驚かされるのである。