●祕傳書の作成編「概要」
●伝承流儀の祕傳書群1
●武藝祕傳書各論
●武芸祕傳書の世界

●祕傳書の作成編「概要」

世界に冠絶する日本武術の深い部分を支える大柱となるのは「武術伝授巻」……所謂「祕傳書」文化の存在である。それが、単に師範家が作成した武術文書のみのレベルではなく、各門人の修行の進捗に合わせて各段階の許し文書を発行していたと言う事。こんな事をなした伝統武術文化は確かに世界中を見渡しても正に日本のみである……。
それが日本武術の特徴であり、一大優点……確かにその通りであるが、又同時にそれが日本武術の現代における伝承の足枷にもなったとも考えられる。
現代の日本に於いて武芸は殆ど壊滅し絶望的だが、他の伝統芸能文化もかなり苦戦している様にも見受けられる。その大きな因子とてはそれらの活動、伝授、継承における諸経費がかかりすぎると言う問題がある。日本に於ける武術以外の伝統諸芸、芸能系の継承に於いてどの程度各伝位に於ける祕傳書や許し文書が作成されているのか余り感知できないが、名取やお披露目、允許料等がかなり高額であり、余り庶民的ではない事は事実である。
武術と言う立場に限っていえば現代武道はある程度の段位認可料程度あり、割合庶民的であるとも言えるが、ただ古傳武術における伝統的な伝授巻の作成をちゃんとなそうとなさば、これは現代に於はかなりのハードルである事も事実である。それほど日本武術の伝統的祕傳書、伝授巻はリッチかつ装飾も豪華であり、現代においては作成する事自体が大変である。
と言っても現代に於ける古流武術、所謂「古武道」の継承に於いては伝統的伝授巻等殆ど無視されるのが通例であり、印刷された段位書が授与されるのみなのが殆どであるだろう。
師範クラスの継承に於は昔風の伝授巻授与もなされる場合もあるが、これも多くはあくまで昔風であり、古典伝授巻の一部を模したものが作成される場合が多い様である。

伝書作成技能
これらの問題は武道師範たるものは習字も深く習得して置かねばならないと言う様な単純な問題のみでは済まない。それほど古の古傳武術の伝授巻は高度であるからである。
単純に文字のみの話ではなく、流儀によってはかなりの武芸絵図が含まれるもの、いや中にも全技何十図にも及ぶ精密な彩色画が描かれた伝授巻もあり、これは伝授巻の原初の時からかなり豪華なものがあった事は上泉伊勢守が永禄年間に遺した『影目録』をみれば察する事ができる。
となると習字と共に日本画等にも精通して置かねばならず、古式花押や流儀印鑑等を設え、そしてもっと言えば巻子本、冊子綴和本等の作成法を学ぶ必要がある。それを収納する函、帙等の製作法も……。
此の様なハードルを古の武芸者たちはどう乗り越えていたのだろう。
二十年程昔江戸後期の著名流儀の探求していた時、神奈川の某師範家に残る同流の伝授巻史料群の調査をさせて頂き、門人に授与する巻物類を作成する材料や作成中遺品が大分残っており、当時祕傳書作成法に於ける生の現場を確認した思いの事がある。
巻子本用に全版和紙を裁断し、各門人の為に目録や許し状をそれぞれ認め、また巻物装飾用の金襴緞子布等も裁断し整えられていた。加えて巻子本用の芯や結び紐、裏紙等も必要であり、武術師範家は武術修行と平行して伝授巻作成技能を磨いていた事が判る。

不能
伝統武道の継承には伝授巻作成の為の様々な技能が必要……ではなく実際的には現代においてはかなり不可能性が高くなっており、実際的にはそこまでできないと言うのが実際だろう。仮令其処迄の技能を身につけたとしてもその伝授巻作成エネルギーが高まりすぎてしまうのである。
そして昔と現代での状況的な大きな差異として、現代ではコピー文化が発達し、昔式の手写し文化はそれほど必要でなくなって来ていると言う事実がある。
昔……と言ってもそれほど昔の事ではなく、電子複写機が顕れてきたのはここ五十年程の事であり、江戸期は写真複写なども殆ど存在しなかった。故に文書伝授は正に手写しにてなしてゆくしか方法がなったわけである。
現代では様々なコピー技術が発達し必ずしも手写しの必要性がなくなってきている事は事実である。
ただだからといって伝統ある流儀の伝授巻文化を破棄して段位表彰状式にしてしまう事は武術文化の完全破壊であり全く頂けない。冠婚葬祭における様々な儀式も含めて古の文化形態はなるべく形を留めて置くべきであろう。
何事も程度の問題ではあるが、巻物の芯の造りが必ずしも象牙や天然水晶造りに拘る必要はなく、また金襴緞子布が日本産シルクの草木染め手織り布である必要もなく、ある程度の妥協も必要だろう。

実際の製作
完全なる昔式の手作りはかなり難しいが現代のおけるあるの近代器具や技術を利用して少なくとも伝統的でて正しい形態の祕傳書類の作成技術の習得は古流武術家は常に心がけるべき事である。ともあれ現代的な技術と材料をある程度用いながらも昔式の伝授巻の作成技術を管理人の苦労しながら何十年か掛けて磨いててきた。殆ど独学でなので時間がかかりすぎたがそれでも型解説や秘儀口傳解釈文書も整え、流儀の完全継承が澱みなくできる様に努めてきたわけである。
手継ぎを頂いた各師匠からの細かい技術口傳、解釈等はコンピューターの記録を通じて何とか後世に遺すべきであろうかと思う。

各流における古式の伝授巻
各流儀の伝統的な伝授巻の形態は各流様々あり、とても既製品化できるものではない。
巻子本の寸法も様々であり、冊子本の造りも多様である。ともあれできるだけ各流儀における伝統的伝授巻の形態に近づけてきちんとしたものを作成したいと考える。
当会の保存継承する流儀は三十数流派に及ぶので徐々に祕傳書の整理と作成に力を傾けて作成してきた。先ずはその一端をご覧いただきたい。但し祕傳書の内容については正に各流儀の掟に関わる問題となるので完全公開は控え内容開示は最小限に留める事とする。